ひよこ

子供の頃、近所で盆踊りがあると、母親に連れられて妹と屋台でなにか買ってもらうのを楽しみにしていた。屋台はフランクフルト屋さんや綿あめ屋さんなどが並んでいたが、私が一番たのしみにしていたのは「ひよこ釣り」の可愛いひよこたちを見ることだ。今思えば、ひよこをエサで釣るなんてどうかしてるぜと思うが、当時はまだ、それほど動物虐待に対して厳しい世の中ではなかったように思う。

大人が入っても余裕がある大きな平たい箱に入れられたひよこたちは、「早くここから出してくれピヨ!」と言わんばかりに大きな声でピヨピヨと鳴いていた。もしかすると、客のエサによく反応するようにと、店主からはエサを与えられていなかったのではないだろうか。なかには箱の角ですでに弱々しく、ピピピと鳴くのが精一杯なひよこがいた。

私は箱の角で弱々しく鳴いているひよこをどうしても家に連れて帰りたくて、母親にひよこ釣りをねだってみた。すると、パチンコで勝って機嫌が良かったのか、思いもよらないごきげんな声で「あんたとゆかり、ふたりでやりぃ」と以外な返事が返ってきた。この日ほど、パチンコ屋さんに感謝した日はない。

妹と二人で早速ひよこ釣りを始めると、お腹が空いたひよこたちは一斉にエサに食らいついてきた。待て待て待て、元気なひよこに用はない。私は箱の角で弱々しく鳴いているひよこが欲しいんだ。エサをそのひよこの目の前に垂らしてやると、一回では釣れなかったものの2回めにしてやっと釣れた。

やった、ひよこゲット。早く家に帰っておいしいエサをあげようね。まだ小さかった妹は、あんなにお腹が空いているひよこを前にして、1羽も釣れずにワンワン泣いていた。

ひよこを連れて帰ってきた私は、いそいそと虫かごに入れて「ピーコ」というありふれた名前をつけて可愛がっていた。翌朝、虫かごを見るとピーコがいない。おかしいなぁと思って狭い部屋を見回すと、妹が右手に黄色い小さなふわふわしたものを握りしめて座っている。その黄色いふわふわしたものは、弱々しくピピピと鳴いていた。

私が「ピーコちゃん返してや」というと、妹は「はい~」と返事をして私にそれを差し出した。その瞬間、力加減をまだ知らない妹は力が入りすぎたのか、ピーコは「グエッ」という声を発して死んでしまった。

ピーコの人生とはいったいなんだったのだろう。生まれてすぐに、ひよこ釣りという動物虐待のような箱の中に入れられ、他の兄弟たちの熾烈なエサ取り競争に負けつつも弱々しく生きていた。ようやくエサにありついたかと思うと釣られて虫かごのなかに入れられ、オスかもしれないのにピーコというダサい名前をつけられた。その挙げ句には人間に握りつぶされたのである。私は、おとなになった今でも、布亀の救急箱のCMに出てくるひよこを見るたびに、ピーコを思い出しては胸がキュンと痛くなるのであった。





2019-06-14 23:08:42

Writer:writer_kotorie

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