死んでしまった親友の話(終)

死因は、肺炎だということになっています。

プライバシーにかかわるので、あまりいえませんが、自死ではないというのが表向きの理由です。

 

生前、様子がおかしくなってから、彼女は「死にたい、死にたい」といつもいっていました。

私は困惑しながらも、「死にたがる人って本当に死なないっていうしな、意外と長生きするかも」と思っていました。でも、本当に死んでしまったのです。“ことだま“という言葉がありますが、まさにそれで、心で偏見を持っていたら自分に返ってきて、死にたいと日ごろから口にしていたら、本当に死んでしまうのでしょうか…。

 

一方で、私自身が心の病を発病した時、「これはヤバい世界に来た」と感じました。強い偏見を持っていたら、それにしたがって自分に跳ね返ってくる。どんどん歪んでいく世界の中で、私はあまり過度な偏見というか、人への非難は捨てようと感じました。

 

そして、自分自身が統合失調症を発症してパニックになったとき、私は生きることを選びました。自分から救急車を呼んだのは、自分の選択です。

 

いまでも、ディズニーランドで撮ったふたりの写真が本棚に飾ってあります。その写真を見るたび、彼女が病気になった原因、涙の理由、薄暗い病院、そのあと、私が患った癒えない病について、さまざまな感情がわいてきます。

 

それと同時に、生きることも、何があっても生きることも、身をもって教えてくれたような気がします。亡くなった後の、親友のお父様の意気消沈ぶり、私の日常の空虚さ、そしてスケジュールの空いたからっぽの毎日。

 

一緒に過ごした楽しい日々も、思い出すことがあります。なかなか他人に心を開けない私を受け入れてくれ、いろいろな話をしましたし、いろいろなところにいきました。

 

もう親友はこの世にいません。彼女がいなくなった世界を、私は8年も生きていることとなります。私も意外としぶといですね。我が家の窓辺にもたれかかって、にこにこ笑っている彼女の幻が見えて、ときどきつらくて寂しいです。でも私は、生きることを選んだから、その選択に従わなくては、と思うばかりです。

ご冥福をお祈りします。

 (終)


2020-02-14 12:55:06

Writer:namonakiwriter

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